2017年2月4日土曜日

『古事記』から読み解く陶芸に宿る「日本精神」の最後です

『古事記』は、日本精神の立派なバイブル、経典と唱えたのが今泉定助(1863~1944年)である。今泉は明治・大正・昭和に渡る教育者・神道家・国学者であり、国学とは『古事記』『日本書紀』『万葉集』などの古典を文献学的に研究することによって、・儒教・仏教渡来以前の日本古代の思考・信仰・文化を明らかにし、以ってそれらを現実の生活規範にしようとする学問の事である。本居宣長(1730~1801年)は江戸時代後期の国学者で、著作『古事記伝』『直毘霊』等を著わし荷田春満、賀茂真淵、没後の門人平田篤胤と共にいわゆる国学四大人と言われ、今泉はこの国学の後継者と言える。今泉は、『古事記』等古典の日本精神を感じ取る方法は「文献だけを墨守して行事、言霊、器教等を無視しては解るはずがない」としている。ここで言う「行事」とは、体を通した「体験、体感、体得、体現」で、自分の体で試験して体で感じ会得して体で実現して完成する。陶芸においても、土との対話を「体験」し、土から「体感」した心を「体得」し日本精神を「体現」して行くことが、縄文土器から続く自性の発揮「修理固成」と言えるのではないか。

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