2016年6月24日金曜日

合気道カレッジ禊行記

昨年に続きの「合気道カレッジ」の稜威会本部道場での禊行、15人と本部道場禊としては、少々大人数、今回も道彦は江島先生・外国人、若い人、女性が多く気合が入る。禊行の説明を終えて、水行場設置=神籬の設置を皮切りに「拝神」祝詞を90分に渡り正座で唱え続けるが、参加者の声は力強く爽やか あっという間に時が過ぎる。鳥船等の所作の後、「潜水」水行場での地下水を手桶でひたすらかぶり続ける、鳥の声に包まれた都心では珍しい森の中での水行は爽やかに尽きる。そして「直会(なおらい)」神饌を食する事で、神と一体になる大切な神事、語らいを通して各々の「日本とは何か」との思いが深まる、参加者のなかで外国から来て合気道を学ぶ者にとっての禊体験は日本の心を理解する一助となり、それにも増して、子育てを通じて学ぶ女性にとっては合気道の日本の心を、若い人にとっては世界の中での日本の精神を、禊の体験体感を通して日本の精神=神道を体得した貴重な一日となつた。

2016年6月22日水曜日

信楽体感記

瀬戸、備前、常滑と六古窯の体感を求めて旅を続けてきたが、信楽鉄道不通の為、訪ねる機会逸していた信楽に漸く旅する事を得た。信楽の器・荒く明るく軽やか、嶋吉陶房の嶋田浩造氏の登り窯で挙げた「ぐい飲み」物静かな嶋田氏の語りを通しての器との体感、そして京都山城の地酒「城陽」を通しての体得、備前で求めた、それは深く重く静かな体感を与えるのと対照的な体験体感を残した。次に訪ねた住まいのやきもの丸滋製陶株式会社も窯場公開、説明してくれた職人さん達も明るく爽やかな体感を残してくれた。六古窯残り二つ、どんな体験、体感そして体得を残してくれだろうか。

2016年6月15日水曜日

「神道練成道場」合気道龍・春風館研修会

神道は体験して体感して体得する日本精神。その一つの道が合気道を通して体感・体得と考える。現代に措いてその最高の技「神技」を体験を通して体感させる事の出来る合気道の師範の一人「養神館合気道龍」安藤先生を「神道練成道場」に昨年に引き続きお迎え出来、弟子の昇級審査、講習会を実施した。この機会に禊の本家本元「稜威會」川面先生の直系の弟子江島先生による「鳥船」等の指導による体験体感、戸山流居合の菊地先生と弟子による抜刀演武と体験通しての体感と「神道練成道場」の弟子達にとって日本精神を体得出来た至福の研修会となった。

2016年2月13日土曜日

渥美清氏の卓見『好きと向くとは別なもの』と合気道ジュニア大会

渥美清氏は演劇が好きで、良く出かけて行って観て、自身も「演劇人」としてその中に飛び込む事を願い続けていたが、自身の立場の重さからと「映画人」として、「寅さん」として人生を全うしたと言う。生前渥美氏は『好きと向くとは別なもの』と考えていた様で、好きな「演劇人」を捨て、向いている「映画人」として人生を歩まれた。自分自身を顧みると好きな事に時間を費やし、向いている事に背を向けて生きてきた時期が確かにあった。無駄も人生の内とは言え、早く気が付く事に越したことはないが凡人の悲しさか。「合気道ジュニア大会」少年・少女の競技演武を審判員として今年も参加させていただいたが、天から舞い降りた天使たちの演武、何時もながら目頭を「うるうる」させながら、この子らは、時流に流されず自分自身に向いた人生を歩めと願いながらの採点となった。

2016年1月3日日曜日

明治天皇御製

「國民(くにたみ)は ひとつ心に まもりけり 遠つみおやの 神のをしへを」と 明治天皇は お歌を通して「わが国の人々は心を一つにして 皇祖皇宗の御遺訓を守ってきました」とお教えくださいました。この「遠つみおやの 神のをしへを」とは『古事記』の神勅を指し 代表的例としては「ここに天つ神 諸々の命(みこと)もちて、伊邪那岐の命 伊邪那美の命の二柱の神にのりたまいて、この漂える国を修理(をさ)め固め成せと、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言よさしたましき。」一般的には『修理固成(しゅうりこせい)』の神勅と呼ばれ、イザナギ、イザナミの神のみならず人間一人一人も自分の負っている使命によって世のため人のため邁進する事を命じられている。『古事記』は神道のお教え『バイブル』と言える所以である。

2015年10月21日水曜日

屋山太郎氏の『正論』

二十日付の産経『正論』で屋山氏が「対中関係は聖徳太子の頃から「対等外交」を貫いてきた。中国と深くかかわるべきでないとの方針を破ったのがつまずきの始めだった。(三木首相の「対等外交」を指す)」「異形の経済圏に入っていくのだから、リスクは自分で負ってもらいたい。日本企業は中国に2万3千社が進出し、1千万人を雇った。ところが3千社以上が撤退した。引き揚げは続いているが、いかにそれが難しいか知らしむべきだ。」と述べているが不図10数年前の事を思い出した。日中友好団体の講習会担当の職員から中国での商売の難しさ聴いていた時「失敗事例の講習会」が中小企業対象の講習会リストにない事に疑問を感じ聞くと「講習会を行っても誰も参加しないので開けなのです」との事だった。天智・天武天皇時代と同じように「白村江の戦い」で手ひどい火傷を負わなければ分からないと言う事なのかもしれない。

2015年10月17日土曜日

「円鏡」の死

八代目橘家円蔵と言うより「月の家円鏡」ホール・定席で聴く「円鏡」は真剣を構えた凄味があつた。「談志」は人間味で聞きほれた。「志ん朝」は懐かしい四季の空気に身を委ねた。鈴本に行って蕎麦屋で酒でも飲もう。