新春早々今泉敬介先生が御風邪を引かれた為、新年会を兼ねた打合せが、月末近くになったことを良い事に合気道と読書三昧の日々、油断したつもりは無かったが、腹痛と足首を痛めてしまった。気を取り直して3月の白石での勉強会資料を作成して打合せに臨みました。
資料の一つとして平成22年10月25日付「産経新聞」『正論』文芸評論家新保祐司氏が「戦前の地下水を汲み保守再生を」とし、その中で「今日の日本人が本来の日本人に再生するために必要なものについて重要のヒントを与える書」として紹介しているのが『GHQ焚書図書開封4-「国体」論と現代』である。著者西尾幹二氏はあとがきで「私たちは予想外に戦前の「国体」論と同じ思想の波動の中にいる。「日本人論」というような形で与えられてきたものがそれである。また皇室に対する今の国民のさまざまな感情の動きの原型もほとんどすべて戦前の「国体」論のなかにある。」として「戦前に生まれ、戦後に通用してきた保守思想家の多くは、とかくに戦後的生き方を批判し、否定してきた。しかし案外、戦後的価値観で戦後を批判する域を出ていない例が多い。戦前の日本に立ち還っていない。」としている。そしてこの本の末尾に「焚書された国体論一覧」が付録としあるが、今泉定助先生の『國体講話』『國体精神と教育』も揚げられている。「戦前に立ち還」ることが戦前の思想のすべてを無差別に正しいとすることではないという点は、新保、西尾両氏も言うところであるが、戦前戦後を貫いている「日本精神」を「再生」するものとして今泉定助先生の皇道思想があると再確認できる資料と考える。
2011年1月27日木曜日
2010年12月9日木曜日
神道宗教學會
第64回学術大会が國學院大學で12月4・5日の両日実施された。
大会テーマは「霊山・修験道の展開と神社」宮家準先生の学術講演に始まりシンポジウムと続く内容を中学1年の夏、友人と友人の祖母と参加した御嶽山の講中登拜を思い出しながら懐かしく聴いていた。
2日目は研究発表、三部会に分かれた大学院演習室で発表30分、質疑10分、休み無く続く真剣勝負は勉強になると共に研究に対する熱い思いもいただける。両日とも日大の佐々木聖史先生にお会いでき貴重なお話しも聞け楽しい二日間となった。
大会テーマは「霊山・修験道の展開と神社」宮家準先生の学術講演に始まりシンポジウムと続く内容を中学1年の夏、友人と友人の祖母と参加した御嶽山の講中登拜を思い出しながら懐かしく聴いていた。
2日目は研究発表、三部会に分かれた大学院演習室で発表30分、質疑10分、休み無く続く真剣勝負は勉強になると共に研究に対する熱い思いもいただける。両日とも日大の佐々木聖史先生にお会いでき貴重なお話しも聞け楽しい二日間となった。
2010年12月1日水曜日
『御歌所と国学者』
「従来の近代和歌史研究は、いわゆる和歌革新運動をすすめた「新派和歌」「新派歌人」の視点から述べるものが多くを占めており、それに比して「旧派和歌」「旧派歌人」の研究は停滞していたといえる。
しかしながら「新派」の活動が盛んになった明治三十年代以降においても、「旧派」の活動は活発であり、「新派」「旧派」が両立する状況にあったことをふまえれば、現在の研究状況は公平な視点によるものとはいえないと考える」とする國學院大學研究開発推進センター宮本誉士助教による『御歌所と国学者』が弘文堂から平成22年12月日久伊豆神社小教院叢書9として出版された。この概要を11月の小教院で直接宮本助教から聴ける幸運に恵まれた。特に今泉定助先生と関係が深い高崎正風の教育勅語実践運動、その師・八田知紀の「造化主」「造化神」重視の思想等明治期の今泉先生の思想構築を考える上でたいへん貴重なお話しを伺えた。
しかしながら「新派」の活動が盛んになった明治三十年代以降においても、「旧派」の活動は活発であり、「新派」「旧派」が両立する状況にあったことをふまえれば、現在の研究状況は公平な視点によるものとはいえないと考える」とする國學院大學研究開発推進センター宮本誉士助教による『御歌所と国学者』が弘文堂から平成22年12月日久伊豆神社小教院叢書9として出版された。この概要を11月の小教院で直接宮本助教から聴ける幸運に恵まれた。特に今泉定助先生と関係が深い高崎正風の教育勅語実践運動、その師・八田知紀の「造化主」「造化神」重視の思想等明治期の今泉先生の思想構築を考える上でたいへん貴重なお話しを伺えた。
2010年11月10日水曜日
志野・木曽路の旅
昭和五年荒川豊蔵が名古屋関戸家所蔵の志野筍絵茶碗見た2日後、岐阜県可児市大萱牟田洞の古窯跡で同じ文様の破片を発見、以後調査により桃山茶陶が美濃で焼かれたことが明らかになったとの事を、志野筍絵陶片発見の地に、開館している「豊蔵資料館」その陶片の前で知ってびっくりした。それは私も前日その志野筍絵茶碗「玉川」を徳川美術館で見ていて、4回も戻って見続けた心に残る茶碗だったからだ。私の父の形見としての志野茶碗が気になっての今回の旅「豊蔵資料館」には前から気を引き付けられていたが、そこで出会った山中さん:荒川豊蔵先生のお弟子さんに敷地を隈なく案内頂き感動いたしました。
荒川先生関するお話もさることながら、中山さんの博識とそれに増しての荒川先生に対する弟子としての熱い思いに感動しました。この思いを私も今泉定助先生に対して没後の門人として持ち続けていかねばと心新たにした。
國學院で阪本是丸先生に『夜明け前』読んだことあるかと言われ慌てて読んだ、維新そして明治の国学者、近代神道を学ぶ者としての基礎資料とも言える島崎藤村の作品、その空気を感じたくて馬籠・妻籠を歩いた。木曽路はすべて山の中とあるが明るい紅葉の中でもあつた。人生の秋を迎えて人生二毛作と第二の青春の真ん中は「胸に棘刺す事ばかり」ばかりじゃないなと思いながら「朴歯味噌」で「七笑」をぐびっと飲んだ。
荒川先生関するお話もさることながら、中山さんの博識とそれに増しての荒川先生に対する弟子としての熱い思いに感動しました。この思いを私も今泉定助先生に対して没後の門人として持ち続けていかねばと心新たにした。
國學院で阪本是丸先生に『夜明け前』読んだことあるかと言われ慌てて読んだ、維新そして明治の国学者、近代神道を学ぶ者としての基礎資料とも言える島崎藤村の作品、その空気を感じたくて馬籠・妻籠を歩いた。木曽路はすべて山の中とあるが明るい紅葉の中でもあつた。人生の秋を迎えて人生二毛作と第二の青春の真ん中は「胸に棘刺す事ばかり」ばかりじゃないなと思いながら「朴歯味噌」で「七笑」をぐびっと飲んだ。
2010年10月31日日曜日
教育勅語渙発百二十年記念「教育勅語講座」
台風14号による激しい雨の中、明治神宮拝殿の大太鼓が鳴り響いた。
その時、今日なんだ!120年前の今日「教育勅語」が渙発されたんだと気が付いた。
若干28歳の今泉定助先生が翌明治24年11月に『教育勅語衍義』を出版し今泉先生の神道神学の核となった「勅語」、また稜威會の教典で慣れ親しんできた「勅語」その日付の重さを鬱蒼とした森の参道で考え歩き続けた。
杉浦重剛先生の「教育勅語」御進講を解説された所功先生の本を読んでいたので、飛びついて申し込んだ所先生の明治神宮社務所講堂における「教育勅語講座」:先生が編集した「教育勅語」関係資料(抄)に基づく論理的且つ実証的講義は「教育勅語」の成立と展開を明確に示し、講義の最後に「父母に考」など各徳目について自分で何が出来るかを考えていただけたらとの問いを提示されて終わった。雨の参道を歩きながら私に出来ることは何かを考え続けた結論は、今泉定助先生の皇道=日本精神の発揚、ささやかでも確実に一歩づつ進めることだと確信して鳥居で拝礼した。
その時、今日なんだ!120年前の今日「教育勅語」が渙発されたんだと気が付いた。
若干28歳の今泉定助先生が翌明治24年11月に『教育勅語衍義』を出版し今泉先生の神道神学の核となった「勅語」、また稜威會の教典で慣れ親しんできた「勅語」その日付の重さを鬱蒼とした森の参道で考え歩き続けた。
杉浦重剛先生の「教育勅語」御進講を解説された所功先生の本を読んでいたので、飛びついて申し込んだ所先生の明治神宮社務所講堂における「教育勅語講座」:先生が編集した「教育勅語」関係資料(抄)に基づく論理的且つ実証的講義は「教育勅語」の成立と展開を明確に示し、講義の最後に「父母に考」など各徳目について自分で何が出来るかを考えていただけたらとの問いを提示されて終わった。雨の参道を歩きながら私に出来ることは何かを考え続けた結論は、今泉定助先生の皇道=日本精神の発揚、ささやかでも確実に一歩づつ進めることだと確信して鳥居で拝礼した。
2010年10月27日水曜日
今泉定助研究会第1回勉強会の報告
暖かい!囲炉裏を囲んで村人が集まって談笑している そんな雰囲気を醸し出している今泉定助研究会第1回勉強会。此処だけの別空間 ただ一点『天皇霊と皇位継承儀礼』を読み込んだ者だけが集い、著者 佐々木聖史先生囲み書評を通じて心を通わしている。
日本大学今泉研究所「日本精神講座」修了生による泉流会・禊の道彦:島田さん、稜威會会長大井さん、道彦:江島さん、國學院大學の若き研究者小林さん、伊豆の仙人小坂さん今泉定助先生縁の地に集い語りそして直会、会場となった稜威會本部道場は何時も宇宙船に乗って居るかの様に異次元を作り出してくれる。しかし今回参加できなかった宮城県の今泉定助研究会同士の人々の為に第2回目勉強会は今泉定助先生生誕の地白石で開催せねばと思いつつ秋の日は暮れた。
日本大学今泉研究所「日本精神講座」修了生による泉流会・禊の道彦:島田さん、稜威會会長大井さん、道彦:江島さん、國學院大學の若き研究者小林さん、伊豆の仙人小坂さん今泉定助先生縁の地に集い語りそして直会、会場となった稜威會本部道場は何時も宇宙船に乗って居るかの様に異次元を作り出してくれる。しかし今回参加できなかった宮城県の今泉定助研究会同士の人々の為に第2回目勉強会は今泉定助先生生誕の地白石で開催せねばと思いつつ秋の日は暮れた。
2010年10月11日月曜日
「泉流会」和歌の会
昨日今泉研究所「日本精神講座」修了者組織「泉流会」会員による「和歌の会」に出席させて頂きました。
持寄二首とのことでしたが、恥ずかしながらの一首提出、昔國學院で阪本是丸先生から和歌は日本人たる素養と言われたことを思い出し深く反省、しかし会場となった多摩市「旧富澤家住宅」には、感動いたしました。日曜日とあって喧騒の公園、その中にあっても静寂がただよい心静まる歌会となりました。当日のお題は「坂」冷や汗を掻きながらの一首、「今は亡き 友を思へば 時雨坂 酔って上れば 足元見えず」ご指導頂いた石田圭介先生から演歌のようとの評でした。緊張の中にも、楽しい時間を過ごさしていただきました。「泉流会」の先生並びに諸先輩の皆様有り難うございました。
持寄二首とのことでしたが、恥ずかしながらの一首提出、昔國學院で阪本是丸先生から和歌は日本人たる素養と言われたことを思い出し深く反省、しかし会場となった多摩市「旧富澤家住宅」には、感動いたしました。日曜日とあって喧騒の公園、その中にあっても静寂がただよい心静まる歌会となりました。当日のお題は「坂」冷や汗を掻きながらの一首、「今は亡き 友を思へば 時雨坂 酔って上れば 足元見えず」ご指導頂いた石田圭介先生から演歌のようとの評でした。緊張の中にも、楽しい時間を過ごさしていただきました。「泉流会」の先生並びに諸先輩の皆様有り難うございました。
登録:
投稿 (Atom)